職場の評価やチームの空気で、ふと虚しさを感じることってありますよね。
長年頑張ってきた人ほど、思わぬ場面で報われないように見える瞬間がある。
そんな話題の時に思い出してほしいのが、この“静かな退場”の話です。
僕が社内で経験したひとつの退職メールから、「働く意味って何だろう?」というヒントが見えてきました。
“キャリアの価値”について考えるきっかけにもなる、ひとつ仕込んでおきたい雑談ネタです。
※このコラムは「雑談が苦手で、会話が続かない人」のための“話のネタ帳”です。
読むだけで、ちょっと話してみたくなる雑談ネタをストックできます。
【結論(この記事でわかること)】
このエピソードが教えてくれたのは、
“結果だけで人生を語らない”という視点が働く自分を守ってくれる、ということ。
職場の評価でも、キャリアの節目でも、
誰が正しいかを決めたり、最後の失敗だけで価値を測る必要はありません。
代わりに、
「この人は、この長い年月をこんな教科書で生きてきたんだな」
と受け止める。
それが、働く自分を追い詰めずに、関係も保ちながら進む唯一の方法なのかもしれません。
次に“働く意味”について話す機会があれば、このネタをそっと忍ばせてみてください。
ちなみに、こういう日常の違和感や思考のタネは、
Audible
でエッセイや思考系の本を1冊聴いておくだけでも、自然と増えていきます。
【話ネタ本文】
こんにちは、カブラブログの管理人・カブラです。
今日の話は、さっきメールボックスに届いた「退職のご挨拶」から始まります。
差出人は、かつての“剛腕部長”。
あの空気を一変させる存在感の持ち主が、静かに会社を去っていきました。
メールを読んだ瞬間、胸の奥にズンと何か落ちたんです。
「栄光のピークを越えた人の“その後”って、誰が覚えてるんだろう?」
そんなことを考えてしまいました。
剛腕部長の退場メールが届いた日
今日、ひとつのメールが届きました。
件名は「退職のご挨拶」。
開いた瞬間、「あの部長か……」と、思わず姿勢を正してしまいました。
全盛期の彼は、とにかく強かった。
会議室に入ってきた瞬間、空気の温度が変わるようなタイプで、
誰も逆らえないし、誰も声を荒げようなんて思わない。
僕は下っ端だったので直接の絡みは少なく、
むしろ会うたびに声をかけてくれた“良い上司”という印象でした。
でも社内の評判は真逆で、
「厳しすぎる」「細かすぎる」「胃が痛い」と、
彼の周りには常に緊張が漂っていたらしい。
そんな“剛腕部長”が──
ひとつのプロジェクトの失敗をきっかけに、静かに表舞台から姿を消していきました。
そして今日のメール。
淡々とした言葉だけが並び、華々しさはゼロ。
なんだか、胸が痛くなりました。
“強さ”の裏側にあった孤独
思ったんです。
あれだけの存在感があった人でも、
失敗一つで、こんなにも静かにいなくなってしまうのか、と。
会社って、冷たいのか?
それとも、そういう場所なのか?
でも同時に、こんな疑問も浮かびました。
「強かったあの頃、彼自身は幸せだったのだろうか?」
部下に尊敬と恐れの両方で見られ、成功すれば讃えられ、失敗すれば切り替えられる。
あれは「強さ」なのか、それとも「孤独」なのか。
あなたなら、どう思います?
「評価」とは誰の目の中にあるもの?
部長は、確かに最後は失敗を経験しました。
会社に損失も出した。
でも、その前の20年、30年にわたる功績は、
本当に“なかったこと”になるんでしょうか?
彼が育てた部下はたくさんいて、
彼が作った仕組みは今も回っていて、
彼の判断で救われた案件もいくつもあるはず。
評価って、総合点のようで、実は“瞬間値”に左右される。
最後に何をしたか。
直近で何をしていたか。
でも本来は違いますよね?
価値って、本当は“残っている時間”で測るものじゃない。
誰かの中に、何が残ったのか。
組織に、何が残ったのか。
そこまで見ないと、人の働き方って語れないんじゃないかと思うんです。
人は“最後の瞬間”で語られる……本当に?
今回、強く感じました。
人のキャリアは、必ずしも“最後が美しく終わる”わけじゃない。
でも、僕らは無意識に思っているんです。
「キャリアのピークをそのままフィニッシュに持っていける」って。
そんなわけ、ないのに。
むしろ多くの人が、
ピークを過ぎた後の時間の方が長い。
じゃあ、その時間をどう生きるのか。
そこには、“僕らの働き方そのもの”が問われてる気がするんです。
評価のために働くのか。
誰かのために働くのか。
自分の誇りのために働くのか。
強く生きた人でも、失敗することもある。
でも、それが人生の価値を下げるわけじゃない。
あなたは「どんな働き方」を選びますか?
あなたなら、どう思います?
働く時間の“最後の瞬間”に、何を残せたら幸せなんでしょうか?
栄光のピークで去るのか。
静かに退場するのか。
それとも、誰かの記憶に小さく残るのか。
答えはきっと、人の数だけあります。
ただひとつだけ思うのは──
「どう終わるか」より、「どう生きたか」が、その人を決める
ということです。
それを、今日のメールが教えてくれました。
【話ネタに使えるポイント】
- 「昔の剛腕部長から退職メールが来まして…」と切り出すと、職場トークとして鉄板
- 「会社人生の“最後”って、誰が評価するんですかね?」と少し深い問いに展開できる
- 「ピークを過ぎた後の働き方って、意外と誰も語らないですよね」と話すと、場がしっとり落ち着く
キーワードは
“評価の瞬間値” と “ピーク後の時間の価値”
聞き手が自分のキャリアを重ねて考えられる、上質な雑談ネタです。
ちなみに、こういう日常の違和感や思考のタネは、
Audible
でエッセイや思考系の本を1冊聴いておくだけでも、自然と増えていきます。
【“働く意味が軽くなる視点”を持つための3つのヒント】
「じゃあ、どうすれば“結果だけで自分を評価してしまう苦しさ”から少し離れられるのか?」
そんなふうに思った方へ、僕なりの3つのヒントをまとめてみました。
- 「瞬間値」で自分を測らない
評価はつい“最近どうだったか”に引っ張られてしまいます。
でも、あなたの価値は積み上げた時間の中にあって、一度のミスや停滞で消えるものではありません。
「今日はたまたま調子が悪かっただけ」と切り離せるだけで、心がかなり軽くなります。 - “誰の教科書で動いているのか”を意識する
上司・同僚・取引先、それぞれ判断基準が違います。
つまり、誰かの基準で“良い/悪い”を決めつけられても、それはただの“他人の教科書”。
「自分は自分の教科書で動いている」と意識するだけで、他人の評価に振り回されにくくなります。 - 「何が残ったか」に目を向けるクセを作る
今日の行動が誰かの助けになったか、未来へ何か残せたか。
成果が出ていなくても、“残ったもの”を意識すると、自分の存在価値が見えやすくなります。
小さくても「残したもの」がある日は、それだけで十分なんです。
あなたが最近ふと感じた「報われないな…」という気持ち。
それって、見方をほんの少し変えるだけで、ずいぶんとラクになるかもしれません。
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【記事まとめ】
- 剛腕部長の退場メールは、働くことの本質を考えさせる出来事だった
- 会社では“最後の瞬間”の印象が評価を左右しがち
- しかし本来の価値は「残したもの」や「積み重ねた時間」にある
- キャリアはピークよりも、その後の生き方にこそ現れる
【最後に】
僕らはついつい、
「華々しく終わらないと失敗」
みたいに思ってしまいます。
でも今日、静かに届いたあのメールを読んで、ふと気づいたんです。
人の価値って、拍手の数じゃ測れないんですよね。
静かな退場でも、心に残る人はたくさんいる。
……まぁ、最後の最後まで“剛腕っぽさゼロのメール”だったのは、
ちょっと笑ってしまいましたけど。(笑)
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!



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