エレベーター待ちやレジ待ちなど、
「別に急いでいないのに、なぜか同じ行動をしてしまう」ことってありますよね。
合理的に考えれば必要ないと分かっているのに、
体が先に動いてしまって、あとから「なんで今それやったんだろう」と思う。
そんな小さな違和感、誰にでも一度はあるはずです。
そんな時に思い出して欲しいのが、
すでに押されているエレベーターのボタンを、さらに押してしまう人の話。
会社帰りに僕が実際に目撃した、ほんの数秒の出来事です。
この出来事をきっかけに、
僕たちがどれだけ“考えないまま行動することに慣れているか”のヒントに気づきました。
雑談にも使えて、自分の行動を見直すヒントにもなる、ひとつ仕込んでおきたい話ネタです。
※このコラムは「雑談が苦手で、会話が続かない人」のための“話のネタ帳”です。
読むだけで、ちょっと話してみたくなる雑談ネタをストックできます。
【結論(この記事でわかること)】
このエピソードが教えてくれたのは、
「正しいかどうか」よりも、「自分で考えているかどうか」が大切だ、ということです。
エレベーターのボタンでも、仕事の進め方でも、日常の選択でも、
必ずしも正解を出す必要はありません。
ただ、「今、自分は考えて動いているか?」を一瞬立ち止まって確かめる。
それだけで、無意識に流される行動は、少しずつ減っていきます。
次になんとなく同じ選択をしそうになったとき、
この話を思い出して、“押さなくてもいいボタン”がないか、そっと見てみてください。
ちなみに、こういう日常の違和感や思考のタネは、
Audible(30日間無料体験)
でエッセイや思考系の本を1冊聴いておくだけでも自然と磨かれていきます。通勤時間が、コミュニケーションの仕込み時間に変わります。
【話ネタ本文】
こんにちは、カブラブログの管理人・カブラです。
今日は、会社帰りに立ち寄った無印良品の帰り道で、
「え、なんで?」と心の中で二度見した出来事のお話です。
舞台は、駅ナカの商業施設。
エレベーターの前で、ただ立っていただけなんですが──
そこに、今の僕らの“生き方のクセ”が詰まっていました。
押されているボタンを、もう一度押す人
6階から1階へ降りるために、
エレベーターホールで下向きのボタンを押して、ひとり待っていました。
ボタンは、ちゃんと点灯してる。
つまり、呼び出しは完了。
あとは、エレベーターが来るのを待つだけ。
そこへ、後ろから二人組の若い男性がやってきました。
なにやら楽しそうに話しながら、自然な流れで──
すでに光っている下向きボタンを、もう一度ポチッ。
……え?
今、押した?
押す必要、あった?
一瞬、頭の中が軽くパニックになります。
でも彼は何事もなかったかのように、僕の後ろに並びました。
迷惑をかけられたわけじゃない。
ただ、疑問符だけが残った。
それ、条件反射ですか?
よほど大事な話をしていて、無意識だったのか。
それとも、「エレベーター=ボタンを押すもの」という
体に染みついた動作だったのか。
合理的に考えれば、
すでに点灯しているボタンを押す意味は、ほぼゼロです。
でも、あの動きは妙に“自然”だった。
考えるより先に、体が動いていた感じ。
ここで、ちょっと不安になったんです。
「あ、これ、僕もやってるかもしれないな」って。
“考えない”で済む社会に、慣れすぎている
思えば、僕らの日常は「考えなくていいこと」だらけです。
・とりあえずスマホを見る
・とりあえずボタンを押す
・とりあえず並ぶ
・とりあえず同じ選択をする
一つ一つは小さいけど、ほとんどが“思考を省略した行動”。
あのエレベーターのボタンは、その象徴みたいに見えました。
「もう押されてるかどうか」よりも、
「いつもの動作をすること」が優先される。
楽だし、効率的だし、間違いも起きにくい。
でもその代わり、自分で考える機会も、静かに減っていく。
押されていたボタンは、人生にもある
ふと、こんなことを思いました。
もう誰かがやってくれている仕事。
すでに回っているプロジェクト。
とっくに決まっている流れ。
それでも僕らは、「自分も何かした気になりたくて」
もう一度、ボタンを押してしまう。
意味があるかどうかより、関わっている実感がほしい。
あの二人組は、何も悪くない。
むしろ、とても人間らしい。
“無意識で動ける社会”に生きているからこそ、「ちゃんと参加してる」という感覚を、
ボタン一つで確かめているのかもしれません。
あなたは最近、考えて押していますか?
エレベーターの前に立ったとき。
レジに並ぶとき。
何かを選ぶとき。
それは、本当に「自分で考えた行動」ですか?
それとも、ただの条件反射でしょうか。
次にボタンの前に立ったとき、一呼吸おいて、見てみてください。
すでに押されているなら、押さなくてもいいかもしれません。
【話ネタに使えるポイント】
- 「エレベーターで、もう押されてるボタンをさらに押す人、見たことありません?」と切り出すと盛り上がりやすい
- 「あれって無意識ですよね」と“人間のクセ”の話に展開できる
- 「考えなくていい社会って、ちょっと怖くないですか?」と少し深い話にも持っていける
キーワードは、
“無意識の行動”と、“考えないで済む日常”。
軽く笑えて、あとからじわっと残る雑談ネタです。
ちなみに、こういう日常の違和感や思考のタネは、
Audible(30日間無料体験)
でエッセイや思考系の本を1冊聴いておくだけでも自然と磨かれていきます。通勤時間が、コミュニケーションの仕込み時間に変わります。
【無意識に流される行動を減らすための3つのヒント】
「じゃあ、どうすれば“考えないまま動く自分”にならずに済むのか?」
そんなふうに思った方へ、僕なりの3つのヒントをまとめてみました。
- 「とりあえず」を疑ってみる
エレベーターのボタン、スマホを開く指、無意識の相づち。
そこに共通しているのは、「考える前に体が動いている」という点です。
まずは、「今の行動、ほんとに必要かな?」と一瞬だけ疑ってみる。
それだけで、無意識のスイッチは少し弱まります。 - “参加してる感覚”を別の形で満たす
僕らは何かを「押す」「選ぶ」「触る」ことで、
ちゃんと関わっている気になりたくなる生き物です。
でもそれは、必ずしも行動じゃなくていい。
考える、観察する、待つ。
それも立派な“参加”だと認めてあげると、ムダな動きは減っていきます。 - 違和感をスルーしないで、ネタにする
「あれ、今の変じゃなかった?」
その小さな引っかかりは、思考を取り戻すチャンスです。
メモしてもいいし、誰かに話してもいい。
違和感を言葉にできるようになると、
日常はただのルーティンじゃなく、学びの素材に変わります。
あなたが最近感じた、「なんで自分、これやってるんだろう?」という違和感。
それって、少し見方を変えるだけで、“考えない日常”から一歩抜け出すヒントになるかもしれません。
👉 あわせて読みたい
【選択の心理】後から来た電車に乗れない理由|気持ちが軽くなる“手放し方”
【記事まとめ】
- すでに押されているボタンを押す行為には、無意識が表れている
- 僕らは「考えないで動ける社会」に慣れすぎている
- 無駄に見える行動にも、人間らしい理由がある
- 日常の違和感は、自分の思考を取り戻すヒントになる
【最後に】
正直、あのとき「押さなくてもよくない?」って言いそうになりました。
でも、言わなくてよかったなと思っています。
だって、たぶん僕も、同じようにボタンを押してきた側だから。
考えなくていいのは、ラクです。
でも、ときどき立ち止まって考えるのも、悪くない。
次にエレベーターの前に立ったとき、
僕はたぶん──
一瞬だけ、ボタンを見つめてから押すと思います。(笑)
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!


コメント