【人間関係】楽しんでる“ふり”がしんどい理由|気疲れが減る距離感の整え方

職場・仕事で使える話ネタ集

職場の懇親会や、部署の雑談の場で、
“楽しんでいるふり”をしてしまうことってありますよね。
本音では疲れているのに、周りに合わせて笑ってしまう…。

そんなシーンで思い出してほしいのが、今回の「懇親会で気づいた演技の境界線」の話です。
僕が実際に経験した小さな出来事から、
自分をすり減らさずに人付き合いを続けるためのヒントが見えてきました。

“距離感の取り方”について考えるきっかけにもなる、ひとつ仕込んでおきたい話ネタです。

※このコラムは「雑談が苦手で、会話が続かない人」のための“話のネタ帳”です。
読むだけで、ちょっと話してみたくなる雑談ネタをストックできます。

【結論(この記事でわかること)】

このエピソードが教えてくれたのは、
「楽しむふり」を頑張るよりも、自分の自然な距離感を大切にする方が関係は摩耗しにくい
ということ。

職場の人間関係でも、懇親会の空気でも、
無理に“明るい自分”を演じる必要はありません。

代わりに、
「この場では、これくらいの距離が自分にとって自然だな」
と把握しておく。

それが、自分を守りつつ、人とのつながりを続ける唯一の方法なのかもしれません。
次に職場の雑談や懇親会に参加するときは、このネタをそっと忍ばせてみてください。

ちなみに、こういう日常の違和感や思考のタネは、
Audible でエッセイや思考系の本を1冊聴いておくだけでも、自然と増えていきます。

【話ネタ本文】

こんにちは、カブラブログの管理人・カブラです。
先日、会社の会合の後の懇親会に参加したんですが……まあ、案の定というか、期待を裏切らない“いつもの空気”でした。
そこでふと、「職場って、どれだけ“演技”でできてるんだろう?」という疑問が湧いたんです。
今日はそんなお話です。

いつものメンバー、いつもの空気

会社の会合後の懇親会に行ってきました。
……が、気乗りはゼロ。いや、マイナスかもしれない。

というのも、ほぼ毎回、
・同じメンバー
・同じ話題
・同じように気を遣う空気
がセットで付いてくるからです。

そして始まる“挨拶タイム”。
毎度のごとく何か喋らされるんですが、そんなに話すこと、ないんですよ。
「あぁ、今日も儀式が始まったな」って感じで、料理も味わえないまま気づけばお腹いっぱいでした。

“楽しそうな人”と“楽しんでない人”の境界

懇親会って、はっきり色分けされるんです。

大声で笑って飲み倒している人。
一方で、誰とも話さずスマホを見つめて時間を消化している人。

あのコントラスト、けっこう強烈じゃないですか?

僕はというと──
決して楽しいわけじゃないのに、どこかで“楽しんでいるふり”をしている自分がいます。
周りの目を気にして、勝手に演じてしまう。

これ、みなさんはどうでしょう?
「同じ場所なのに、全く違う世界が広がってるなぁ」と思ったんです。

社交に潜む「演技」

思ったんですよね。

懇親会って、飲み会というより“社交の舞台”なんだな、と。
座る場所、話すタイミング、誰のグラスが空いてるか、どの話が無難か

全部が「空気を読むゲーム」になっていく。
そう考えると、僕らがあそこでやってるのは、
自分を守るための“社会的演技”なんじゃないかと思うわけです。

「自分を守る演技」と「自分を失う演技」

演技自体は悪くないんですよ。
むしろ組織に属する以上、多少の演技は必要です。

ただ問題は、
その演技が「自分をすり減らす方向」に向くかどうか。

「無愛想と思われないように」
「楽しんでるように見せないと」
「場を白けさせないように」

こうやって、自分の内側を押しつぶす演技ばかりしていると、
気づいた時には“誰の人生を生きているんだろう”と迷子になってしまう。

同じ演技でも、
“自分を守るための演技”と、“自分を失う演技”
これは似て非なるものなんですよね。

あなたはどんな“顔”で座っていますか?

懇親会は、ただの苦痛な時間…ではあるんですが、
同時に“自分観察の場”でもあるなと思いました。

どの瞬間で取り繕い、
どの瞬間で黙りたくなり、
どこから笑いが引きつるのか。

そこには、
“自然体の自分”と“社会の中の自分”の境界線がはっきり映る。

あなたは、懇親会でどんな顔をして座っていますか?
その演技、誰のためのものでしょう?

【話ネタに使えるポイント】

  • 「懇親会って“演技社会の縮図”だと思いません?」と切り出せば、ほぼ誰でも共感する
  • 「楽しむ人と、耐えてる人のコントラストすごくないですか?」と場の観察ネタに展開できる
  • 「演技って、【自分を守る演技】と【自分を失う演技】があるよね」と、少し深めの話に転換可能

キーワードは
“社交の演技”と “顔の使い分け”。
雑談の幅が広がる、万能の話ネタです。

ちなみに、こういう日常の違和感や思考のタネは、
Audible でエッセイや思考系の本を1冊聴いておくだけでも、自然と増えていきます。

【楽しんでいる“ふり”で消耗しないための3つのヒント】

「じゃあ、どうすれば“演じすぎてしんどい状態”にならずに済むのか?」
そんなふうに思った方へ、僕なりの3つのヒントをまとめてみました。

  1. “自然体ゾーン”を把握する
    懇親会の中でも、「ここなら苦じゃない」「ここは無理」が必ずあります。
    まずはそれを静かに観察しておくだけでOK。
    自分の自然体でいられる“許容ライン”を知ると、余計な演技が減っていきます。
  2. 必要最小限の“守りの演技”を決めておく
    演技が悪いわけじゃなくて、方向性が大事なんですよね。
    「無難な笑顔だけはキープする」
    「1回だけ輪に入る」
    など、最低限の“守りの演技”を先に決めておけば、
    それ以上ムリに盛り上がる必要がなくなります。
  3. “距離を置くタイミング”を自分で選ぶ
    疲れたら席を立つ、トイレに行く、料理を取りに行く。
    こうした小さな離脱は“逃げ”ではなく、立派なセルフケアです。
    自分で距離を調整できれば、懇親会のしんどさは一気に軽くなります。

あなたが最近感じた「楽しんでないのに楽しむふりをしてしまった瞬間」。
それって、少し見方を変えるだけで、もう少しラクになるかもしれません。

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【記事まとめ】

  • 懇親会は、飲み会というより“社交の舞台”
  • そこでの「楽しんでいるふり」は自己防衛としての演技
  • 演技には“自分を守る演技”と“自分を失う演技”がある
  • 苦痛な時間の中にも、自分の“自然”と“役割”の境界線が見える

【最後に】

懇親会って、別に嫌いじゃないんですけど、
「自然体でいられる場所じゃないなぁ」と思う瞬間があるんですよね。

だからこそ、あの場で浮かないように、
ちょっとだけ“よそ行きの顔”をつけてしまう。

……まぁ、中締めの一本締めが終わったときの解放感は、
毎回ちょっと泣きそうになるんですけどね。(笑)

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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